書評

労働者は『労働者のための漫画の描き方教室』を読んで漫画を描こう【書評】

労働者のための漫画の描き方教室

何者かになろうとすると、何者にもなれない。

いや、何者かになろうとする気持ちが、何者かになることを邪魔する。

これは、この本を読み終わったときに感じたことです。

買ってしばらく積ん読になっていたこの本、厚みのある本ですが、読み始めるとページをめくる手が止まりません。

労働者が漫画を描くことについて書かれた厚みのある本

この本には東京都中野区にあるブックファースト中野店で出会いました。

中野サンプラザで行われるハロー!プロジェクトの催しの開演前にヒマつぶしで立ち寄りました。

とても厚みのある本だったのですが、見た目がとてもシンプルでした。

表紙には1コマの漫画が描かれており、何かのキャラクターが言っています。

『漫画を描いて苦しい自分を変えるんだ』

そして本の帯を見るとそこには

『これを読めば漫画が描けるようになります』

マジ?

となりつつも、即、そんなわけないだろってもう1人の自分がつぶやきます。

小、中学校くらいまでは本気で漫画家になりたいと思っていた私。

大人になった今はもうそんな気持ちは心の隅の隅へ追いやられてしまいました。

でも一応はそんな宣伝文句に反応してしまうのです。

労働者が漫画を描くってどういうことだろう。確かに自身も労働者である。

本を手にとってみます。重い。

というか最近はこんな厚みのある本珍しいです。

中身をパラパラ見てみます。間に漫画があって厚みがあるけど読みやすいのかもしれないと思いました。

それではと、試しに「はじめに」の一行目を読んでみます。

本書は「労働者のため」著された「漫画の書き方」の教科書であり、間違っても「漫画家になりたい人」や「漫画を上手に描けるようになりたい人」のために用意されたものではない。
引用元:川崎昌平・著『労働者のための漫画の描き方教室』3ページ

このように釘をさしています。

この潔さ。内容もなんとなく面白そうだし、立ち読みを断念させるほどの本の厚み。

これで購入に至りました。

著者・川崎昌平さんは作家、編集者、講師。漫画家ではない?

川崎昌平さんについて本書の後ろの方にある紹介欄を見ると

  • 埼玉県出身の1981年生まれ
  • 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻終了
  • 作家・編集者、東京工業大学非常勤講師
  • 芸術と社会の接合をテーマに作品を発表し続けている

とあります。

本書にはタイトルに「漫画の描き方教室」とあります。

しかしご本人は本書の冒頭の方で漫画家ではないとおっしゃっています。

労働者(編集者)として仕事を持ちながら、それとは別にプライベートで漫画を描いてた経験がこの本の持つ説得力につながっています。

もちろん私は実際にお会いしたことはありません。

しかし本書を読めば川崎昌平さんの人柄はなんとなく伝わってくる気がします。

思慮深く、物事を順序立ててゆっくり考え、人にわかりやすく伝える。

伝えるときには言葉をできるだけ省略しないようにしている。それがこの本の厚みにつながっているのかもしれません。

いうまでもないのでしょうが、本に出てくるキャラクターのしゃべるシンプルな言葉が、川崎昌平さんの考え方を表しているのだと思います。

著者によれば本書は「漫画である」

まずは「はじめに」の部分でご自身が編集者として働いていた時、心身ともに疲弊していたこと。それが漫画を描くことによって救われた事実が興味深く書かれています。

序章には本書を通して著者が伝えたいことが詰まっています。

文章と漫画による表現は序章から始まり、最後まで続き、これが本書の読みやすさにつながっています。

序章の次は3部構成となっており内実編、技法編、発表編と分類されています。

すなわち労働者として漫画を描く際の考え方、描き方、それを発表する方法について具体的に書かれています。

あとがきでは筆者が本書を「漫画である」と定義づけている理由について述べています。

実際には漫画の部分よりも文章が多いのですが、漫画であると。

そこに筆者の思いが正直に記されていて面白い部分です。

感想(序章・内実編・技法編・発表編)

本書の文章を少し引用しながら感想を述べていきます。

序章

私がもっとも印象に残ったのは最後の部分にあった節「ジョブとワークの違い」でした。

筆者は本書で「報酬を得るための労働全般」をジョブ、「生きる目的」をワークとしています。

そしてジョブとワークが必ずしも重ならなければならないのかと疑問を呈しています。

好きなこと(ワーク)を仕事(ジョブ)にすることにこだわりすぎて不幸になるケースというのは確かにあると思います。

私もこの部分は心あたりがありまくりでした。

漫画を読むのが好きであるとか、映画を観るのが好き、音楽を聴くのが好きというのは誰でもあると思います。

ではこれを仕事にしようとして、一体どれだけの人がそれで幸せになれるでしょうか。

運よくその仕事に関わることができたとして、その仕事が本当に好きといえるのかは謎に包まれています。

なぜなら、まだそれを仕事にしていないからです。

好きなことをしていたら、いつのまにかそれが仕事になっていたのであれば幸せなことです。

しかし、好きなことを仕事にするために努力する場合、そこには注意が必要です。

いつのまにか、自分で自分を苦しめることになっていないか。

できることをジョブにし、生きる目的をワークに見いだすという考えもアリなのではと考えさせられました。

第1部 内実編

第1部は内実編です。本書でも著者が最も大切にしたいと思われる、漫画を描く上での考え方について書かれています。

そのためか、第1部にもっともページ数を割いています。

要するに、絵の上手さよりも、中身(内実)が大切ってことです。

少し引用させていただきます。

「絵が好き→絵の技術を学ぶ→表現をする理由を見つける」
ではなく
「表現をしなければならない理由を抱く→その表現に必要な技術を探す→技術を鍛錬する
引用元:川崎昌平・著『労働者のための漫画の描き方教室』93ページ

私にも漫画家になるにはまず「絵が上手くなければならない」という先入観がありました。

しかし最近の漫画をみると必ずしも絵が上手くありません。

ネット上でバズっている漫画を見てもそうですね。

ネットで有名になって、書籍になるというケースも少なくありません。

これらの作品に共通することとして、作者が強烈に誰かに伝えたいことがあり、それを表現する手段として漫画を選んでいます。

そしてその漫画は必ずしも技術的に巧みではありません。

いかに内実が大切かということです。

第2部 技法編

第1部で漫画は内実が大切と言いながらも、第2部の技法編ではしっかりと漫画の描き方の技法について丁寧に書かれています。

あくまでも忙しい労働者が描く漫画を前提としています。

シンプルであれば忙しい労働者であっても描くハードルが下がります。

あくまでも「労働者のための漫画の描き方教室」です。

そのため、絵は限りなくシンプルです。

作者自身も描いていると少し線を付けたそうかなという気持ちが湧き上がってくるに違いありません。文章からその気持ちが伝わってきます。

でもその気持ちを抑えてあくまでもシンプルな絵を心がけています。

本当にこれなら描けると思わせてくれます。

しかもそのシンプルな絵からは面白いように表現したいことが伝わってきます。

第3部 発表編

第3部は発表編です。

川崎昌平さんが漫画を他者に伝える際の思考法について書かれています。

川崎昌平さんはネット空間でも紙媒体でも作品を発表した経験があります。

ネットではpixiv、紙媒体では同人誌で発表しています。

発表することによって読者から何らかの反応がある。

第3部を読みながら思ったのが、この反応があることが、漫画を描く上で大切なのではないかということ。

例えば私の場合、ネットで自分の考えを発表した経験で思い出すのが2ちゃんねる掲示板への書き込みです。

ハロー!プロジェクトのライブを観てはその感想を2ちゃんねる掲示板へ書き込む。

すると掲示板の場合は「レス(>>)」という形で投稿の番号に対して他者からの反応が返ってきました。

1つでも反応があるというだけで嬉しさがこみ上げてきました。

気がつくといわゆる2ちゃんねるの「住人」になっていました。

また本書で漫画を描くことを継続するポイントとして印象深い文章がありました。

漫画家になりたがってしまうと、嫉妬の虜囚となったり、編集者の言動に振り回されたり、見えない読者を勝手に規定して思い悩んだり……苦しみばかりが重くのしかかるようになり、漫画の継続性を自ら挫く可能性が高くなる。
引用元:川崎昌平・著『労働者のための漫画の描き方教室』454ページ

この部分が冒頭に私が述べた

何者かになろうとする気持ちが、何者かになることを邪魔する。

に通ずるのであると思います。

これは私が感じていた生きづらさを象徴する言葉でもありました。

私は何か好きなものがあると、それを職業にすることはできないか、と考える癖が人一倍あったように思います。

いや、今でもあります。

漫画が好きなら漫画家、F1が好きならF1ドライバーやF1のメカニック、アニメが好きならアニメーターというようにまず思い描いてしまうのです。

そうなると、すでにそれを実現している人ばかりを観てしまい、それを遠くから眺めては、いいなあと思うだけになってしまいます。

おそらく実際にそれを職業としている人の多くが、好きで、夢中でやっていたらいつの間にか仕事になっていたのではないでしょうか。

労働者だからこそ好きでいられること

労働者は忙しい。

このような前提で漫画の描き方を説明している本を私は他に知りません。

著者である川崎昌平さんご本人が、忙しい労働者である最中に漫画を描いて発表していた事実が、この本に説得力を持たせています。

私は子供の頃、絵を描くことが好きでした。

しかしそれを職業にすることを考えたときに、自分よりもっと上手く絵を描く友人や漫画家の作品を観て、劣等感が芽生えたように思います。

そして絵を描くことをやめてしまいました。

世の中は少し「好きなことを仕事に」という声が強すぎるのかもしれません。

好きなことを仕事にすること自体は否定しません。むしろとても素敵なことであると思います。

しかし、そこにこだわるあまり、不幸になってはいないでしょうか。

あなたの好きなことは仕事にしなければならないのでしょうか。

仕事にしても好きでいられますか。

あなたの好きなことはあなたが労働者でいるからこそ、好きでいられるのではないでしょうか。

こんなメッセージが著者から届いたように思います。